ペロポネソス半島の南端およびエーゲ海地域を中心とする古代文明の発祥地。紀元前2500年頃から石器、青銅器文明が発達し、紀元前八~九世紀頃アテナイ、スパルタなど多数の都市国家が成立したが、(前五世紀にそれらが同盟、ペルシア戦争に勝利して後、アテナイを中心に黄金時代を築く。)紀元前四世紀マケドニアに併合された。 国語大辞典(新装版)小学館()括弧書きは私が書いた。
戦闘艦:バイレム・トライレム
櫂(オール)の列が、上下2段になっているものをバイレムと呼ぶことはフェニキアの章で書きました。 さらに三段櫂船をトライレムと呼びます。 (その他文献には、クオドリレム(4段櫂船)、クインクエレム(5段櫂船)、ヘクサレム、ヘプタレムなどが存在するそうだが、たとえば18段櫂船というのが、18段もあるとは考えにくい。これには、1本の櫂につく人の数でないか・・という有力説がある。)
ギリシア海軍の主力はトライレムであるといわれます。(正確には都市国家毎に海軍を持っており、トライレムは、もともとはコリントで最初に造られたと言われています。当時トライレムの造船には、莫大な費用がかかったようで、全ての都市国家がトライレムを主力として採用できたとは、思えません。都市国家アテネ海軍の主力がトライレムでした。 アテネは、豊富な銀の採掘による利益によって、ペルシア戦争前より主力として採用していました。)
帆は1本のマストに長方形の帆(横帆)を、たいてい備えています。 (もっとも帆は長期航海のために用意されたものであって、通常は滅多に使用しない様である。)
船首水中部には、フェニキアのバイレム同様、衝角(ラム)をもっており、戦闘時には、これを敵船にぶっつけ破壊したり、櫂を折ったりするのに使用していました。 (これらの船で取られる代表的な戦法のひとつは、まず敵陣列を強硬突破、その際敵艦の櫂を折り、敵陣列を突き抜けたところで、急速反転して運動力を失った船めがけて後ろから接舷して斬込んでいたような方法です。) (どんな戦法をとるにせよ、この手の船は、「衝角による船体への直接攻撃」「接舷し斬込」が戦闘の定法)
紀元前480年におこったサラミスの海戦ではギリシアの300隻あまりのトライレム艦隊が活躍し、1200隻あまりのペルシア艦隊を打ち破っています。(ペルシア戦争)
商船
やはり、船体のほぼ中央にマストがあり、ずんぐりとした船型です。
発掘された紀元前4世紀頃のある商船は松材でつくられ、(松材は船虫にやられにくい)船体の外面は鉛でカバーされていたとの事。マストは中央付近、やや船首よりに配され、横帆ではなく縦帆ではないかとの事。※参考資料からの抜粋「船の歴史辞典」
なお、ギリシアの船は船首近くに目のマークが、必ずデザインされているように思われがちですが、それ以外のデザインの船も発掘されているようです。また、この目のマークが船に描かれるのは、ギリシアだけでなく、東南アジアからエジプトまで広く認められています。
